心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

心不全について私が知る・思うすべてのこと

DNARとは、心停止時に治療を行わないという限定的な指示である。

 

 

DNARは、do not attempt resuscitationの略で、心肺蘇生術を行わないことを意味します。心肺蘇生術ですので、基本的には心停止時にどうするかということになります。

 絶対に間違えてはいけないのは、DNARということは、治療をしないということではありません。

 例えば、90代の脳梗塞患者さんで、麻痺で歩行はできないものの、車いすを操作できて、年齢からすれば全然認知機能はしっかりしている男性がいたとしたら。本人・ご家族の意向を伺って、心停止時に蘇生術を行わずに、そのままお看取りをするという選択肢はもちろんありだと思います。脳梗塞の患者さんであれば、心臓系のイベントを起こす可能性も高いでしょうし、心停止を起した状態では、心停止になる原因がありますので、それがよほど可逆的な原因でない限り蘇生ができたとしても、元のような状態には戻らない可能性が高いと思われます。心臓が止まれば、それが寿命ということでも、状況的には全く問題ないと思います。説明して、同意を得れば、DNARの患者さんということになります。ただし、この患者が、腎盂腎炎を起こして、ショックになったらどうでしょう。この患者さんはDNARだからといって、何もせずに適当な補液と適当な抗生剤だけで、そのまま経過をみるだけというこということはないでしょうか。DNARは、心停止時にどうするかという選択肢を示したものです。治療が必要な状態なのに、治療を行わないということではありません。しっかりと、輸液して、培養をとって、抗生剤を投与して、必要な昇圧薬、呼吸管理、栄養管理を行わなければなりません。

 

いかなる治療をしないという選択肢が考えられる場合ももちろんあります。重度の脳梗塞で、意識もなく経管栄養状態であれば、何が起きても治療をしない、本人が苦しそうにしていれば、その苦しみに対しての対症的な治療のみを行うという状況はあると思います。この場合には、DNARに加えて、本人の同意は困難ですので、家族の総意として、根本的な治療は何もせず、本人の苦痛に対してのみ治療介入を行うということへの同意が必要です。この同意については、DNARのような用語はありませんが、do not attempt any therapies but palliative care (DNTBPC)とでもいいましょうか。

 

以前、病棟の指示などで、急変時気管挿管は行わないが、家族が来るまで心臓マッサージを行うという指示をみることがありました。

これは、根本的に間違っています。まず、急変時ではなく、心停止時と明示するべきです。急変時なんて書き方をするから、心停止時以外にも拡大解釈がなされて、治療が必要な場面でも治療が行われないということが起きます。そして、心停止時の蘇生処置は、BLSやACLSのように、パッケージで行われなくてはいけません。あれはするがこれはしないという選択肢はありません。あくまで、心停止に対する治療行為として、心肺蘇生術が行われるのです。

 

どうしても、家族が心臓マッサージされている様を見たいなら、それは治療ではなくて、ただのサービスですので、家族が来る直前に開始すればいいと思います。

 

さて、10年以上前。私が、まだ当直をしていた頃のお話です。90歳くらいの男性だったと思いますが、心肺停止で搬送されてきました。生前指示なんて、その時はありませんので、基本的に気管挿管を含めたフルセットの心肺蘇生術が行われます。30分行っても、心拍は再開しませんでしたので、心臓マッサージが行われている状態を奥様に確認していただき、死亡確認を行おうとしました。

状況を説明した後、奥様は、心臓マッサージをやらせてほしいといわれました。私は、突然のことで、驚きながらも、蘇生してほしいのかなと思いながら、足台を用意し、どうぞと、奥様に心臓マッサージを委ねました。

奥様は、弱弱しくも、ゆっくりと1回1回胸骨圧迫をされながら、「ありがとう」「お父さんと一緒で幸せでした。」「今まで本当にありがとう」と言葉をかけながら心臓マッサージをなされました。

その美しい光景に、私をはじめみな涙をこらえることはできませんでした。