心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

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急性心不全の治療(15):静脈の弛緩の生理学と腹腔内静脈が交感神経支配を受けている意義

現在、心不全で血管拡張薬として使用されている持続静注の薬剤(主にニトロ系の製剤とhANP)は、基本的に静脈系の血管拡張薬であり、前負荷を軽減させること、つまり、右室拡張末期圧、左室拡張末期圧を低下させる効果があります。拡張末期圧の低下は、拡張末期容積の減少の結果ですので、心拍出量は低下します。ただ、特に非代償期の心不全の場合には、拡張末期容積の減少に対する心拍出の低下はほとんどみられないか、わずかであることがほとんどで、また、血行動態的に疑似的な収縮性心膜炎状態(hemodynamic CP)になっているようなときには、右室の拡張末期容積を減少させることで、心拍出量が増加することもあります。(フランク・スターリングの下行脚の一つの形)

心不全がなぜ急性増悪するのかをお話していませんが、結構な心不全の急性増悪は、おそらく酸素需要が本当に一時的に増加し、それに合わせて心拍出量を増加させるのに正常な心臓より拡張末期容積を増加させてもそれを満たせずどんどん上昇してしまうか、満たしているのにセンサーがいかれていて、満たしていることに気付けずに錯覚してしまうことから始まることが多いです。

また、心不全の原因で多い薬の飲み忘れも、利尿薬を飲み忘れるということは心拍出量は上昇することということなるはずです。つまり、心拍出量が普段よりも増加していることのほうが多いと考えられます。

もちろん、重症心不全や一定の心不全では、hemodynamic CPとなって、心拍出量が低下していることも多々ありますので、こういうときの見極めが重要になります。(見極めなくても、血管拡張薬を使わなければいいという説もあります)


多くの非代償性心不全では、血管拡張薬によりそれほど心拍出量の低下は意識する必要はありませんが、低潅流がある、もしくは低潅流がありそうなグレーゾーンの場合には、血管拡張薬の使用は危険です。もし、血管拡張薬の使用で、心拍出量低下、低潅流によると思われる循環不全が発生したときには、医原性です。使用したときに偶然他の増悪するようなことが生じてしまったとき以外は、使用した医師の判断が間違えていたといえます。


すこしだけ生理学的な話ですが、ニトロ系製剤の血管拡張薬の主な作用はNOを増やし、NOが血管平滑筋に作用することで、血管を弛緩させるということになります。血管内皮にeNOSという酵素があって、これが内皮にかかるずり応力(流体の進行方向に平行にかかる力)などにより活性化すると、Lアルギニンに作用して、NOを産生します。このNOが平滑筋に作用して、血管を拡張させるようなシグナルを送って、最終的にはミオシン軽鎖が脱リン酸化されて、血管は弛緩します。
このシグナルの中心が、PKGというリン酸化酵素を制御するcGMPの濃度ということになります。このcGMPが増えれば血管は拡張し、減れば収縮します。NOや他のEDHF(内皮細胞由来過分極因子=内皮由来血管弛緩因子)は血管内皮から、血管平滑筋内へ入っていって、cGMPを作るグアニル酸シクラーゼ(GC)を活性化させることで、cGMPを増やします。さらに、これにより細胞内のカルシウム濃度の上昇が抑えられ、カルシウム・カルモジュリン複合体の形成が抑制されることを通して、ミオシン軽鎖の脱リン酸化が起こり、平滑筋は弛緩します。
このcGMPは、ANPやBNPが作用するレセプターの下流にありますし、さらにいうと、バイアグラ(PDEV阻害薬)なども、この同じ経路に作用します(このため、バイアグラ内服中の人はニトロ舌下が禁忌になります)

 
動脈も静脈もリンパ管も、NOやEDHFに反応して拡張するのは同じです。
ただし、静脈は、一部を除いて動脈のように交感神経による制御を受けていません。交感神経の支配を受けている一部が腹腔内臓器の静脈で、この交感神経の制御を受けている静脈系が体の循環血流量の維持に非常に重要な役割を果たしています。
普段は、循環血流量に無関係な血液を腹腔内にプールさせておいて、出血などの緊急時に交感神経が刺激されると、交感神経刺激に反応するプール血液が一気に循環に乗り、循環血流量が増加します。
具体的には、脾臓と肝臓の静脈が交感神経のα受容体を持っていて、出血などの時に、α受容体が刺激され、静脈が収縮することで、肝臓と脾臓から血液が一気に右心系に戻ってきます。
このようにして、出血時に循環血液量を維持する機能ですが、電撃性肺水腫の形成にかかわっているとされています。