心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

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AR(1):大動脈弁閉鎖不全症とは。 ー最も難しい弁膜症ー

大動脈弁逆流症(AR、aortic valve regurgitation)、または、大動脈弁閉鎖不全(AI、Aortic valve insufficiency)はもっとも難しい弁膜症です。
(正確に言うと大動脈弁閉鎖不全によっておこるのが、大動脈弁逆流症ということになります)
 
過大評価だけでなく、過小評価もしやすいこと、さらには大動脈弁閉鎖不全症のために心不全となった場合に治療が非常に難しいためです。
私の個人的な経験では、慢性心不全となった時に治療がかなり難しいのは、拡張相肥大型心筋症、血行動態により肝硬変となった先天性心疾患、そして、適切な時期に大動脈弁閉鎖不全の手術が行われなかった術後心不全の3つだと思います。
 
大動脈弁閉鎖不全は、基本的に容量負荷です。僧帽弁閉鎖不全と違い、左室の出口となる孔が増えないので、後負荷がそのままで逆流分の血液を一旦は大動脈へ駆出しなければなりません。そして、拡張期に逆流分が返ってきます。しかも、高圧系からもどってきます。孔の大きさによって、かなりエネルギーはそがれてはいますが、心房から心室への血流よりは高圧で逆流してきます。逆流量の決定因子は、孔の大きさと、末梢方向の後負荷と心内圧の比です。
 
これが、心筋にとってかなりの負荷になります。しかも、左室にとっては、容量負荷はもともと想定してないと考えられ、代償がかなり弱いと思われます。いったん、大動脈弁閉鎖不全で、心室が拡大すると、弁置換後に戻ることは少ないと考えられています。つまり、いったん代償可能な点を過ぎると、他の弁膜症では弁を治せば、戻ってこれる遊びの部分が多いのに対して、大動脈弁閉鎖不全では遊びの部分がかなり少ないように思います。
 
さらに、弁を置換すると多少は圧較差のある軽度の大動脈弁狭窄症状態になり、術前よりも全体的に後負荷は増えます。容量負荷により不全となった心筋に、今度は軽度とはいえ圧負荷がかかります。この変化に心臓はついてこれません。
 
そのために、大動脈弁閉鎖不全は、カテーテルによる大動脈造影できちんと診断をつけて、細かくフォローして、心臓に変化が見られた段階で早期に介入が必要です。
特に高齢になると、拡張不全の要素が加わりますの。これが一段と手術時期を遅らせます。
 
さらに、大動脈弁閉鎖不全の今の治療のガイドラインの、元文献は観察研究で、しかも、50-60歳くらいの母集団でみています。
そのために、本来であれば、ガイドラインを作成できるほどの十分な根拠がないままに、データがないままに、しかしその中で何とか頑張って作られているガイドラインといえます。
 
大動脈弁閉鎖不全は、あるかどうかはすぐにわかります。おそらく、軽度か、軽度でないかもすぐにわかります。
しかし、中等度か高度かの診断は、エコーではかなり難しいといえます。
 
私は、弁膜症が集まるような施設で、数年ですが弁膜症の診療にあたっていました。
師匠の下、大動脈弁閉鎖不全の重症度判定はエコーではかなり難しい、少なくともエコーと大動脈造影を突き合わせてきた経験がない人ではほぼ無理ではないかと思うようになりました。
 
また、その結果治療が遅れれば、上記のようにかなり厳しい心不全となっていきます。
大動脈弁閉鎖不全は、思っているより難しいと思います。