ガイトンモデルをさらに発展させた拡張ガイトンモデルという3次元の概念があります。
ガイトンモデルでは、心臓と肺循環をまとめて一つの装置として考え、同じ値になる静脈還流と心拍出量、それぞれに対する右房圧の関係を示し、2本の線からなる2次元の図として表しました。
また、心機能や後負荷といった指標は、図内の曲線の位置や曲率といったもので表現することもできました。
普段の心不全診療では、右房圧と心拍出量をみておけば、十分だと考えています。多くの心不全は少なくとも安静時の全身が需要する酸素を送るだけの循環を維持できている場合が多いと考えられるからです。また、心不全治療も、利尿薬や強心薬、血管拡張薬など基本的には心拍出量と右房圧を調整する治療ですので、これらを意識し治療すれば、ことは足りるかと思います。
ただ、重症心不全となると話は変わってきます。重症心不全の治療では、これらに加えて、2つの視点を加える必要があります。それは、右と左のバランス、それに伴うそれぞれの後負荷です。
実際の診療で、右と左のバランスを一番よく評価できるのが、右房圧と左房圧(≒肺動脈楔入圧)の比になり、その理論的な背景が拡張ガイトンモデルということになります。
右と左のバランスは、普通の心不全では、右に比べて左の方が収縮性および拡張性ともに強く障害されていています。
しかし、重症というか、特殊な心不全では、左はほぼ健常であるが、右が高度に障害されているとか、両方障害されていて右もそれなりに障害されているというような心不全も少なくはありません。特に先天性心疾患などは、右心機能が強く障害されることが多いです。
繰り返しになりますが、心拍出量は体が決めます。全身の酸素需要によって心拍出量が決定し、心臓はそれを必要に応じて拍出するだけの臓器です。
しかし、心機能が低下し始めると、心機能が心拍出量の上限を決めてしまいます。体が必要とする心拍出量を供給できなくなった状態です。
こうなると体は、血液からの酸素の引き抜き率を上げたり、重要臓器への血液供給を優先したり、すくない酸素供給の中で何とかやりくりし始めます。
このように心機能が低下したときだけ、心機能が心拍出量を決めます。(これはもちろんいい状態ではありません)
このような時には、右房圧と心拍出量の関係をみるだけでは不十分です。右と左のどちらに強く心拍出量の制限の原因があるのかを考える必要があります。また、心拍出量が十分にあっても、その時の右と左のバランスを評価する必要があります。
拡張ガイトンモデルでは、心機能を右と左でそれぞれに考えます。心機能を、実臨床に即した前負荷の指標である心房に対する心拍出量で表現するのはスターリング曲線と同じです。
横軸の一方を右房圧、もう一方を左房圧にします。そして、縦軸を心拍出量にすると3次元のスターリング曲線が描けます。
これで、ある心拍出量の時の左房圧と右房圧が同時にわかります。ある心拍出量に対する右房圧と左房圧の比をみることで左心機能と右心機能の大体の良し悪しの感覚をつかむことができます。
普通であれば、右房圧は、左房圧の半分以下になります。特に正常や心不全が安定しているとき(代償状態)では、この比は開きますので、1/3-1/4程度になります。正常では、左房圧が7-10くらいであれば、右房圧は0-3程度となりますし、不全心であって、左房圧が15くらいであっても、右房圧は2-6程度におさまることが多いと思います。
これが、1/3異常を超えて1/2に近くなっていれば、相対的に右心機能が悪いことが示唆されます。1/2を超えていれば相当右心機能が悪いと考えて間違いありません。
特に、安静時には十分に右と左の心房圧が開いているのに、非代償状態になるとその比が安静時よりは小さくなることがほとんどで、これは血行動態的心膜炎状態(hemodynamic CP)といわれることがあります。重度になると、特有の治療アプローチが必要になります。
さて、ガイドンモデルですので、上記のスターリング曲線に静脈還流を追加します。実験的に、静脈還流は面として表現できるようです。
静脈還流量を変化させると、右房圧だけではなく、左房圧にも影響を受けていることがわかるようです。イメージとしては、静脈還流は右房圧と全身の静脈抵抗で決まりそうなので、右房圧だけを変数にした面になりそうですが、右房圧だけで決まらず、左房圧も含んだ二つの心房圧の影響で静脈還流量が決まるようです。
つまり、同じ右房圧でも、左房圧が高いか低いかによって静脈還流量は変化するということです。
右房圧と静脈還流量の関係は、左房圧には関係ないものの、左房圧と静脈還流量の関係は、右房圧に肺循環と体循環のコンプライアンスの比をかけたものとなるとのことです。
右房圧と左房圧を変数とした平面とスターリング曲線の交点が静脈還流量(=心拍出量)となります。ただ、実際には心拍出量は、このような式で決まるのではなく、正常であれば体が需要する量であり、不全心では、心機能が上限を決めます。ただし、この拡張ガイトンモデルの概念は非常に重要で、心拍出量が変化したときに、どのように右房圧や左房圧が変化するのか、右房と左房の圧の絶対値と変化からどの程度、どちらの方が悪いかなどを理解することができるようになります。
臨床的には、急性の非代償性心不全で入院してきたときに、左房圧を反映する肺動脈楔入圧と、右房圧の絶対値と比をみることで、それぞれの心機能と、特に左心に対して右心がどの程度悪いのかを推定することができるようになりますが、その理論的な背景には拡張ガイトンモデルがあるということになります。