心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

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心不全に対する慢性期治療(5):イバブラジンと心不全へのEPA投与

今回は日本で発売されているイバブラジンとEPA(エイコサペント酸)についてお話ししていこうかと思います。
 
 
イバブラジンですが、日本では商品プロコラランというようです。この薬剤は、洞調律の心拍数を落とします。イバブラジンが作用するIfというチャンネルが洞結節にしかないので、房室結節には作用しません。そのため、心房細動や他の心房性調律の場合には全く無効です。(洞調律に投与すると心房細動の発症はやや抑えてくれるようです)
 
以前より、心不全に対するβブロッカーの有効性について、心拍数を落とすことがいいのか、βブロッカーそのものがいいもので、心拍数自体はβブロッカーを入れて落ちているだけで予後には関係はないのか、それともβブロッカーで落とす心拍数に予後を改善させる意味があるのかという議論がありました。
もちろん、イバブラジンによってこの議論に結論が出たわけではありませんが、少なくともイバブラジンを投与し、イバブラジンによって心拍数が落ち、その結果心不全の予後が良くなったということは、心拍数が落ちるということ自体にも予後を改善させる効果がありそうだということが示唆されました。ただ、βブロッカーのほうが、心拍数の低下のわりに心不全の再入院や死亡率などを減らすので、交感神経に作用するということ自体にも有効性があるのだと思います。(イバブラジンとβブロッカーの試験の時代背景が違うことも考慮に入れる必要はありますが)
 
βブロッカーであるテノーミンにも心不全に対する有効性はありますが、有効性はアーチストやメインテートよりも低いということですので、心拍数を下げる、交感神経を遮断するという意味では同じ事をしているのに、薬剤によって有効性が変わるという事実もあります。また、一部の昔のβブロッカー(いわゆるISA刺激性のある薬)は心不全にはよくないという結果もあります( Lancet. 1990; 336: 1-6. 死亡率がxamoterol群で有意に高かった)。
そこにイバブラジンで心拍数だけを純粋に落とすこと自体も、心不全にいいという結果が加わりました。心拍数を下げること自体が心不全には予後改善効果があり、さらに、ISA刺激のないβブロッカーは心不全の慢性期に良い効果があり、さらに、アーチストとメインテートは、よくわからないものの付加的にさらに何かいいことをしているようだということになると思います。(付加的な説明として、活性酸素やリアノジン受容体機能の改善などいろいろと検討されています)
 
これらの結果から、イバブラジンの実際の使用に関しては、あくまでアーチストやメインテートといった有効性の高いβブロッカーを十分用いたうえで、日本では心拍数が75bpmを超える心不全患者さんに対して使用していくということになっています。
個人的には、保険で使える最大のアーチストの用量(20mg)を使っても心拍数が早いなどがあれば、さらにメインテートを上乗せして心拍数をコントロールするβブロッカー併用療法をしていましたが、現在のイバブラジン適応患者へ、アーチスト+メインテートがいいのか、アーチスト+プロコラランがいいのかはわかりません。ただ、圧倒的にお安いのはメインテート併用ですが。
 
イバブラジン自体は、もともと狭心症の治療薬として開発、販売されていて、心拍数を落とすことで虚血を軽減させようとするものでした。その中で、心不全への有効性が示唆され、SHIFTという臨床試験によって心不全への有効性が確立されました。
SHIFT(Lancet. 2010; 376: 875-85.)では、LVEF 35%以下で、心拍数 70bpm以上の心不全患者への投与によって、心不全の予後が改善するかどうかが検討されました。70bpmというのは、その前のBEAUTIFUL試験という虚血性心疾患の患者さんへの投与で、心拍数70bpm以上の人に限れば予後改善がみられたというサブ解析の結果から設定されました。SHIFTの結果としては、心不全死と心不全の増悪を有意に抑制したという結果で、心血管死や全死亡などは減少はしているものの統計的に有意な差はなかったということになっています。βブロッカーなどの治療がなされたうえで、投与されているので、今の標準治療に加えて突然死を押さえるほどのインパクトはないのかもしれませんが、少なくとも心不全関連イベントは有意に減少させていますので、心拍数自体を押さえることは、心不全の増悪を減少させるのに必要な治療ということになるのだと思います。
その後、日本では、J-SHIFT試験を経て、心拍数 75bpm以上での心不全に対して保険承認されました。
 
 
脂質に対する治療薬のほとんどは心不全そのものに対しては無効です。その中で、唯一EPAのみが心不全患者への投与で予後の改善効果を示しています。GISSI-HF(Lancet. 2008; 372: 1231-9, 1223-30)は、2つの研究を含んでいます。1つはロスバスタチンが心不全に有効かどうかをみたもので、もう1つが、EPA+DHAが心不全に有効かどうかをみたものになります。有効性を示せたのは、EPA+DHAのみで、わずかに有効という表現がよくつかわれます。
心不全としての適応はありませんが、脂質代謝異常で、特に中性脂肪が高いような心不全患者には積極的に使用していこうかということになるかと思います。ちなみに、EPA+DHAということで、薬品でいうとロトリガということになりますが、ロトリガは、EPA930mg+DHA750mgで、GISSI-HFでは、EPA:DHA=1:1.2で合計1gということなので、少し量と組成は違うようです。