ジギタリス製剤は、心房細動によく投与されているのをみかけますが、慢性期の心房細動の患者に投与するのは、エビデンス的には、有害な可能性がありますので、心房細動を伴う心不全患者への投与は勧められません。
ジギタリスの作用としては、Na/Kチャンネルを阻害します。すると、Naの心筋細胞外への流出が障害されるため、かわりにNa/Caチャネルの作用が亢進することで、細胞内にCaイオンの流入が増え、心筋に陽性変力作用をもたらします。
また、ジギタリスは副交感神経の作用を亢進させます。副交感神経の活性化は心筋の収縮性への影響はありませんが、洞結節や房室結節などに対しては、分極を阻害する作用があり、結果として脈が遅くなります。特に、心拍数が100bpm以下では、副交感神経による心拍数のコントロールが強くなるとされています。このため、運動時や心不全などで交感神経の亢進によって100以上に心拍数がなっているときには、心拍数を抑える効果はあまりなく、このあたりの心拍数をコントロールできるのは、β受容体遮断薬ということになります。
そのため、労作時の頻拍によると考えられる症状を押さえに行くときには、β受容体遮断薬が必要になります。
さて、ジギタリスの非常にいいところは、陰性変時作用(脈を遅くする作用)を持ちながら、陽性変力作用をもつという心不全には使うには大変使いやすい薬ということになります。
このような性質のある薬剤ですので、大規模な臨床試験も行われています。それがDIG試験(N Engl J Med. 1997; 336: 525-33)です。
この試験で最も重要な点は、洞調律でLVEFの低い(<45%)の心不全患者に投与されたということです。(>45%はサブ試験として行われ有用性はなかったとされています)
心房細動の患者は除外されていますので、心房細動の心不全患者への投与は一切行われていないということになります。
試験結果に関しては、生命予後の改善はありませんでした。そのため、無条件にこの薬剤を心不全の人に使用するということにはなりません。
ただし、心不全の入院は減らしそうだという結果が付随的に示されており、また、血中濃度が低濃度(0.3-0.8)であれば、死亡率は低そうだと(不整脈などの有害なイベントが少ないのかもしれません)いうことです(JAMA. 2003; 289: 871-8)ので、心不全の入院を繰り返しそうな洞調律の心不全患者へ低血中濃度を維持するような用量で投与するのは有効だと考えられます。
さて、では心房細動の患者への投与はどうかというと、残念ながら前向きの臨床試験はありません。
ただ、この10年ほどで行われている新規の抗凝固薬(NOAC, ないしDOAC)の臨床試験の中で、ジギタリスを用いられている心不全の人は、心疾患に関連するイベントが増えているという結果が複数報告されております。だいたい、同じような結果が得られているので、真実である可能性が高いと考えられます。
そのため、心房細動患者へのジギタリス製剤の投与は現時点では勧められません。
ただし、低拍出による症状に対して経口強心薬としてしようするのは有効です。この有効というのは、予後をよくするとかどうとかということではなく、純粋に強心作用があって、低拍出による循環不全の症状が緩和されることはあるという意味です。
この低拍出による症状に対して、ピモベンダンやジギタリス製剤といった経口強心薬を使用するというときは、心不全のStageDであると考えます。そのために、心臓移植の適応がなければ、できるだけのことをやって、だめそうなら緩和医療ということになります。
緩和医療の定義はいろいろありますが、ここでは予後をよくするが今をよくするわけではない治療を積極的には行わない、また、一歩進んで、予後を悪くする可能性はあるが、今の症状を緩和させるための治療を優先して行わなければならない終末的な段階とします。
この段階においては、ジギタリスはある程度血中濃度が高いほうが強心作用が上がりますので、中毒症状に注意しつつ1.0-1.5といった正常高値の血中濃度まで増量することもあります。
ピモベンダンを使って、ジギタリス製剤もある程度の濃度で使用すると致死的な不整脈などの出現の可能性は出てきます。しかし、今の症状をとることが優先される段階なので、それも仕方ないと考えまず。また、患者・家族にも、不整脈などによる死の訪れが速くなる可能性があるが、今ある低心拍出による循環不全の症状をとるには、これの治療が有効だと説明する必要はあります。