心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

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急性心不全の治療(18):私がカルペリチドを使わなかった理由

日本で一番使用されているらしい血管拡張薬のカルペリチドについてです。
確認ですが、カルペリチドは血管拡張薬で、少し利尿作用がある薬剤です。利尿薬ではありませんので、利尿作用は付加価値的に考えるのがいいと思います。

また、薬理的にはアルドステロンを抑制する作用もありますが、今の心不全で、重要なミネラルコルチコイド受容体阻害薬を服用している場合に、これに対する上乗せ効果のほうは不明です。


カルペリチドは、心房由来のナトリウム利尿ホルモンであるANPの遺伝子組み換えの製剤です。
薬理作用ですが、血管の平滑筋と腎臓に作用します。心臓などへの作用もあるようで、J-windの中のANP試験で、急性心筋梗塞後に使用すると予後にいい作用(心臓死と心不全入院が減る)があるとの報告(#1)がありますが、心不全に対する投与ではないので端折ります。
(#1Lancet. 2007 Oct 27;370(9597):1483-93)
この臨床研究は、ニコランジルの有効性を示そうと企画されたものの、解析をするとハンプの有効性が勝っていたという裏話(?)があります。

ただ、実際に急性心筋梗塞に使用すると結構血圧が下がるので、持続するのが困難なことも多く、なかなか投与しにくいという臨床上の問題もあります。

 


カルペリチドを心不全にあえて積極的に使用することを促すような有益性を示すデータは少ないように思います。

有用という報告の一つにPROTECT(Circ J 2008; 72: 1787–1793)という多施設の研究があります。これはカルペリチドが有用という結論の共同研究です。これの研究の結果は、18か月後の心疾患のイベント(心臓死、心不全入院、致死的不整脈)は、入院後72時間カルペリチドを投与したほうが有意に少なかったというものになります。ただ、全体の数が49人と少ないのと、コントロール群で、NYHAが高く、呼吸困難が強いのと、初期治療での強心薬使用が多く、退院時でも強心薬の使用が依然多く、コントロール群のほうがより重症であった可能性は否定できません。そのため、本来であれば、この研究を有意義な先行研究として、より大きな数の臨床研究で検討される必要があるのではないかという印象です。

他の報告は、上記のJ-windのANP試験や心臓バイパス術後の報告などの心不全以外の報告になります。


逆に、入院中の心臓に関係する悪いイベント(心事故)発生が高いという報告があったり(J Card Fail. 2015 Nov;21(11):859-64、Int J Cardiol. 2019 Apr 1;280:104-109)、少なくとも減らしはしない(Heart Vessels. 2017 Aug;32(8):916-925)という報告が散見されます。
私の経験でも、カルペリチドは、入院後の急性期の腎障害を悪化させたり、逆に再入院を増やしていたりというようなデータがありました。


また、急性効果をみた神戸大学の論文もあります。

これは、特殊なカテーテルを使って、左室の容積を測定(エコーのSimpsonと同じような原理で)しつつ、同時に圧コンデンサーで左室内の圧を計ることで、圧容積関係曲線を作図して、薬剤の効果を評価しようという試みです。
10人の患者さんにされていて、しかもこの特殊なカテーテルは1本20万以上しますので、結構お金がかかる研究をされた、非常に素晴らしいことだなと思います。


こういった研究をやっていない私は、評価する立場にはないと思います。ただ、カルペリチドで、Ees(収縮性の指標)で評価される収縮性が改善されるという結果を導いておられるのですが、一点だけ、本来変化しないはずの拡張機能曲線が、前負荷を減らした左側の2点で他の曲線とあきらかにずれていることは気になります。いろいろな圧容積関係をみてきましたが、拡張機能曲線はほとんど変化しないことが多いです、例外として変化していたのは肥大型心筋症くらいだったと思います。
前負荷が非常に少なくなった時に、拡張機能曲線が変化しているために、拡張期の圧がどんと落ち、さらに収縮期血圧が低下しています。この結果として、Eesの直線が急勾配となっています。これによって、Eesがよくなっているとされていいるのですが、なぜ拡張曲線が変化したのかということのほうが気にはなります。この拡張期の圧の低下がなければ、おそらくそれほどEesに変化はないような気もします。
これを臨床に応用するとすると、前負荷が減少したときに突然拡張機能曲線に変化が起きて、収縮期血圧が極端に低下することがあるという点です。これは、結構臨床でもみられると思います。最初はあまり変化ないが、カルペリチド投与中に突然血圧が下がって中止したとか、すぐに改善しない場合には、ノルアドレナリンで昇圧したとかという話は、多いとは言いませんが、珍しくはないと思います。
このあたりが、入院時のイベントや腎機能障害が多いといった報告の説明となるのかもしれません。
ちなみに、後ろ向きの使用に関する研究報告では(Circ J. 2005 Mar;69(3):283-90)、症状が良くなった人は82%で、血圧が下がった人が9.5%、その中で4%の人がその血圧低下に対して何らかの治療が必要であったと報告されています。つまり、全体の約0.4%程度(250人に1人)で、カルペリチドを使用して下がった血圧に対して治療が必要であったとのことです。
割合だけ見れば少ないように思いますが、そもそも使用する積極的な理由の少ない薬剤で起こってしまっていることを留意することも重要かもしれません。

 

これらを踏まえて、私はカルペリチドを使用することはほぼありませんでした。
使用したほうが良いという少数例ながら前向きの多施設のデータと、悪い可能性を示唆する後ろ向きの複数施設からのデータを合わせて、最終的に使う理由は特にないと判断しました。
カルペリチドは、血管拡張をして呼吸困難を補助するという意味ではいいと思いますが、私は別の薬剤(ニコランジルかニトロールかフランドルテープ)を使います。