AHAのガイドラインで、心機能に関する記述を示しながら、注釈のような感じでみていきたいと思います。
AHAのガイドラインでは、Systolic function(収縮機能)はLVEF(左室駆出率)で、LV volume(左室容積) (dilatation(拡大))は、LVESV(or LVESD)(左室収縮末期容積(or 左室収縮末期径))で評価しています。
mild - moderate AR (軽度から中等度AR)
Normal LV systolic function (正常な収縮機能)
Normal LV volume or mild LV dilation (左室は正常か軽度の拡大)
mild - moderate ARの段階をAHAでは、AR stage Bとしています。ちなみに、AR Stage Aは、二尖弁などのARの原因となるような弁の異常があるが、ARはないか、traceの状態をいいます。
エコーやカテーテルから評価されたARの程度が、mildからmoderateのARでは、LVEFの低下は起きないし、LVESDの拡大もおきないか、起きても軽度にしか起きないんだとしています。
しかし、本当かどうかをしっかりと検討した証拠はありません。(できません)
AHAは、moderate ARに合併したLVEFの低下は弁膜症の影響ではなく他の左室疾患の影響であるといっていると思います。が、本当かどうかはだれにもわかりません。
もしかしたら、このmoderateの基準だけ見ていると心エコーや左室造影でmoderate ARの評価になっても、心機能低下があれば、severeARと考えてもいいとのかもせいれませんが、次のsevereARの基準をみているとそういうわけでもなさそうです。
ただ、重要なのは、moderate ARでも、心機能低下が起こっているか、特に一度でも非代償性心不全を起こしている場合には、非常に慎重な対応が必要だということです。
ARは、血行動態的には左室の強制的な容量負荷となります。ある程度進行して、心筋の機能回復が起こらないレベルまでいってってから手術をすると術後は人工弁のために、多少なりとも左室の圧負荷になります。この負荷の変化に耐えれる間に、するなら手術をしないといけません。
これがいつなのか、何を基準に見たらいいのかは正直わかりません。
今後、ARに対しても、カテーテル治療が適応となってきます(2019年2月現在では適応なし)。
手術自体のリスクが下がれば、あとは、人工弁そのものの術後の耐用性が非常に重要な要素になってきますが、もともとARの心臓は、多少の人工弁のリークによる大動脈弁閉鎖不全症の併発には対応できる可能性が高いと思われます。
moderateでも、手術が必要かどうかを常に意識して、フォローしてください。
Asymptomatic Severe AR (無症候性の高度AR)
In addition, diagnosis of chronic severe AR requires evidence of LV dilation
(高度の慢性ARには、他の逆流率などのエコー指標に加えて左室の拡大が起こっている証拠が必要である)
C1: Normal LVEF (>=50%) and mild-to-moderate LV dilation (LVESD<=50 mm)
(正常の左室駆出率>=50%で、かつ、軽度から中等度の左室拡大(左室収縮末期径 <= 50mm)
C2: Abnormal LV systolic function with depressed LVEF (<50%) or severe LV dilatation (LVESD >50mm or indexed LVESD >25 mm/m2)
(左室の収縮機能が低下している状態:LVEF < 50% または、左室の拡大:左室収縮末期径 > 50mm または、25mm/m2)
無症候性高度AR、つまり高度ARではあるが、心不全による症状が全くない場合です。これをAHAのガイドラインではAR Stage Cとしてます。
高度のARの診断は、エコーやカテーテルで評価される逆流自体が高度であることに追加して、左室に何らかの異常が起こっていることが必要であるとされています。
その中でも、2つに分けていて、若干の異常があるのをC1、それなりに障害があるのをC2としています。
これは、今までの観察研究で、LVEF 50%やLVESD 50mm (or LVESDindex 25mm/m2)で、無症候性のARを2つのグループに分けると、予後が違うという報告があり、LVEF,LVESDには、特に注意しましょうということです。
基本的に、C2は手術を勧めています。C1では、左室拡張末期径を追加して、これが65mm以上で、手術リスクが少なければ手術をしてもいいんじゃないかなという程度に勧めています(class IIb)。この左室拡張末期径に関しては、対表面積の補正はデータがないため行っていませんが、日本人では、女性では、55-60mm、男性では55-60mm程度ではないでしょうか(たぶん)。
Symptomatic Severe AR (症候性の高度AR)
In addition, diagnosis of chronic severe AR requires evidence of LV dilation
(高度の慢性ARには、他の逆流率などのエコー指標に加えて左室の拡大が起こっている証拠が必要である)
Symptomatic severe AR may occur with normal systolic function (LVEF>=50%), mild-tomoderate LV dysfunction (LVEF 40% to 50%) or severe LV dysfunction (LVEF <40%) (症候性の高度ARは、LVEFで示される左室の収縮機能によらず起こりうる)
Moderate-to-severe LV dilation is present. (左室は、少なくとも中等度以上には拡大している)
最期に、症状のある高度ARですが、これをAHAではAR stage Dとしていて、基本的には手術による弁置換術を強く推奨しています。
しかし、LVEFが低い場合には、相当な注意が必要です。
ARは、後負荷が若干上昇し、逆流も併せた左室の1回心拍出量は倍増しています。これが、純粋に手術で逆流がなくなり、人工弁の弁抵抗で少し圧負荷が加われば、理屈としては、左室拡張末期径は同じか少し増えるかもしれません。また、左室駆出率は半分強になります。
つまり、LVEFが30%を切っているものに関しては、LVEF 20%弱程度になります。
非常に簡易的なモデルで具体的に数字を入れていきます。これでは、弁抵抗を考えずに、有効な体循環に対する心拍出量は30mlで変化なく、左室拡張末期容積も変化ないとしています。
逆流率 50%、1回左室拍出量 60ml、左室収縮末期容積 140mlで、LVEF 30%ですので、手術後は、1回心拍出量 30ml、左室収縮末期容積 140mlとなり、LVEF 18%となります。
これに、手術の影響や人工弁による多少の圧負荷などが加わると、結構厳しい状態になります。
特に低心機能の場合は、術前に栄養状態の悪い時間が長かったり、運動耐容能が低い時間が長かったりして、術中・術後の合併症がなかなか大変になることが多いことや、先にお話ししたように、左室の容量負荷から多少の圧負荷になりますので、これの負荷の変化に適応できずによりいっそう心不全が進んでしまう可能性もあります。
そのため、LVEFが低下している人への手術は、手術そのもの以外のリスクも高いため、慎重に進めていく必要があります。
以前のガイドラインでは、EF 20%以上か以下かで、分けられていましたが、今はその区別はなくなりました。LVEFが低いと、術後の予後が悪いというのは確かですが、もともと手術をしなくても予後が悪いという前提があります。手術したほうが、そのまま打つ手がどんどんと無くなっていくよりは有効な手段となるかもしれませんので、積極的に考えてはいくべきだとは思います。
ただし、最も重要なのは、そうなる前に診断し、治療を行うことだと思います。