僧帽弁閉鎖不全症があるかないかの診断は容易ですが、重症度の診断は非常に難しいと思います。
すべての弁膜症でいえることですが、狭窄はあるとわかれば重症度診断は比較的容易で、閉鎖不全に関してはあるのがわかっても重症度の診断は結構難しいです。
僧帽弁閉鎖不全症の原因は、弁そのものの異常か、弁を構成するユニットとしての異常か、または心筋の異常かのどれかに分けられますが、
原因はおいておいて、僧帽弁閉鎖不全の何が心不全を起こすのか考えていきたいと思います。
僧帽弁閉鎖不全症を根っこからみていくと、心室の収縮期に弁がきっちりと閉まらずに、心室の収縮期に心室から心房へ血液が逆流することが疾患の本態です。
時折、逆流してそれによって心室の収縮期に心房の圧があがることが悪いという意見がありますが、これは一部には当てはまりますが、大部分対しては、おそらく違います。
心室の収縮期における心房の圧の上昇する波形を、専門用語でv波というのですが、v波による全体的な平均心房圧の上昇は実質的にはわずかです。ただし、心房が非常に硬い場合には、平均左房圧をあげる要因としての寄与度は増加します。
このあたりを理解するために、補足説明として心房機能について整理したいと思います。
心房機能に対する補足説明が、思ったよりもややこしくなってしまったので、要は、最後の
「僧帽弁閉鎖不全症でもっとも影響を受けるのは、逆流分の容積が左室拡張末期容積を一段と拡張させ、それによってその分左室拡張末期圧が上昇することです。
これにさらに、左房の機能によって左室拡張末期圧に対して、平均左房圧がどれだけ上昇するかが決まり、最終的な平均左房圧、さらには肺動脈楔入圧の値が決定していくことになります。」
を覚えて頂ければと思います。
補足説明:心房機能について
大前提として、心房機能低下は平均心房圧(左房圧)の上昇をもたらします。
以前に少し述べたように、心房の機能は左室の拡張末期圧を低く抑えることにあります。
心房の機能が収縮性、拡張性ともに問題ないければ、拡張末期にぐっと心房が収縮して、心房から心室へ血液を押し込みます。このことで、同じ左室の拡張末期容積でも、左室の弛緩だけで左室が充満される時にくらべて、心房収縮のある時のほうが拡張末期圧は低下します。これには心筋の粘性などが関与します。
また、拡張機能が悪いと、一般的に同じ容積であっても心房の圧は高くなります。また、同じ容積の変化でも拡張機能が悪いと圧は大きく変化します。これを逆にいうと、同じ容積の血液を変化させるのに、それだけ圧の変化を大きくしないといけない、さらにいうと、もともと高めの圧にしておかないと、必要な血液を変化させて心室へ送れないということになります。
左室は、左房の収縮能が低下すると左室拡張末期圧が上昇し、拡張能の低下は、本来ほぼ同じはずの平均左房圧と左室拡張末期圧のギャップの拡大をもたらすことで、本来よりも高い左房圧となります。
つまり、平均左房圧は、左房の収縮・拡張能の低下により上昇する結果となります。
左室の拡張機能が正常で、いきなり心房細動(動脈硬化などの関係ない孤発性心房細動など)が起こって心房機能が低下した場合には、拡張末期圧はほぼ同じか、多少上がる程度で、そのような人に関しては左房の拡張機能もそれほど低下していないことが多いと思いますので、平均左房圧もあまり上昇しないと思われます。つまり、心房細動からくる心不全の症状はありません。動悸などはあるかもしれませんが。
しかし、左室の拡張能が低下しているような人では、左房の拡張能も低下していることが多く、それらが合わさって平均左房圧の上昇を増幅させるため、心不全症状の原因となりえます。
(慢性的な高い左室拡張期圧が左房に対して後負荷となるため、左房拡張機能不全が生じえる)
これらの左房機能というものを考慮に入れると、心房の拡張機能が相当に低下していて、左房自体が小さくいない限りは、僧帽弁閉鎖不全による逆流そのものによる、平均左房圧の上昇はたいして高くはないと考えられます。
(v波が高くても、縦軸;圧、横軸;時間のグラフで、v波を積分すると実際には大した値にならないことが多い)
また、左房が大きくなればなるほど、逆流による容積40-60ml程度の容積の変化は、あまり圧の上昇とならないことがあります。(ある程度肺静脈にも逃げることができる)
このように、僧帽弁閉鎖不全による血行動態の影響は左房の機能の影響を受けますが、それよりも僧帽弁閉鎖不全症で影響を受けるのは、逆流分の容積が左室拡張末期容積を一段と拡張させ、その分左室拡張末期圧が上昇することです。
これにさらに、左房の機能によって平均左房圧がどれだけ上昇するかが決まり、最終的な平均左房圧、さらには肺動脈楔入圧の値が決定し、心不全の症状が決まってきます。