心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

心不全について私が知る・思うすべてのこと

心不全のすべて (37:HIV感染による心不全)

今回は、ウイルス性の心筋炎の中でもHIV (Human Immunodeficiency Virus, ヒト免疫不全ウイルス)による心筋炎をみていきたいと思います。

 
世界的には、日本と違って、アルコールや非合法麻薬の乱用による心筋症・心不全、また、中南米などではシャーガス病といってサシガメを媒介動物とするトリパノソーマ・クルージ による心不全が問題となっているようです。
日本では、アルコールによる心不全は一定数みられますが、比較的少数ですし、麻薬も増えるのかもしれませんが、これもまだ少数です。シャーガス病に関しては、現時点では日本での感染はありません。
HIV の感染者は現在日本では高止まりしていることと、抗ウイルス治療の進歩によりAIDSに至らない状態で長期生存が可能になったことで、慢性的な併発症として心不全が重要となってきているようです。
HIVによる心筋症についてさまざまな考察がなされているため、みていきたいと思います。
 
 
HIV感染はほんの20年前までは、AIDS (acquired immunodeficiency syndrome, 後天性免疫不全症候群)の発症などで長期生存を望めない病気でしたが、最近は抗ウイルス薬の進歩により、ウイルス量を低値に抑えることで、HIV感染につづく症状や疾患を起こさず長期生存を望める疾患となってきました。
その代わりに、長期にわたる併存症としてHIV感染者における心不全が問題となってきているようです。
今回は、HIVによる心筋症の機序として複数候補にあげられており、これはほかの慢性的に経過するウイルス性心筋症に共通する部分もあるため、まずみていきたいと思います。ちなみに参考とした文献は以下のJACCという循環器の3大雑誌の一つを参考にしています。
(参考文献:Gerald S. Bloomfield, MD, MPH. JACC Heart Fail. 2015 Aug; 3(8): 579–590. Human Immunodeficiency Virus and Heart Failure in Low- and Middle-Income Countries A State-of-the-Art Review)
 
また、HIV,AIDSに関しては、以下のサイトが詳しいです。
(2018年02月22日 改訂) 後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS, エイズ)は、ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染によって生じ、適切な治療が施されないと重篤な全身性免疫不全により日和見感染症や悪性腫瘍を引き起こす状態をいう。
www.niid.go.jp

 

 
まず、心筋障害の仮説の一つ目は、HIVが直接心筋に対して障害を及ぼすのではないかというものです。まず、HIVのウイルス量が増えると心不全の発症が増えるというデータがあります。HIVは通常CD4という受容体を発現しているTリンパ球に感染しますが、ラットの実験では、HIVウイルスは心筋細胞内に直接侵入し、実験的に人の心筋細胞にも直接の侵入を認めたとのことであり、免疫の低下を介さない直接的なウイルスの心筋細胞感染による心筋障害の可能性が示唆されます。また、内皮という血管の一番内側の細胞層の機能障害を起こすことで、血管不全のような病態を生じるといわれています。
 
次に、ミトコンドリアに対する障害仮説です。
ミトコンドリアは、酸素を使って効率的にエネルギーを産生します。同時に、ある程度の活性酸素といって、細胞などに障害のあるものも産生されます。ただし、正常のミトコンドリアで産生される活性酸素は、もともとある抗酸化作用の働きで、除去されます。ただ、ミトコンドリアに何らかの異常が起きた時にエネルギー産生に伴う活性酸素の産生量が増え、その量が抗酸化作用の許容範囲を超えた時に、活性酸素が細胞を障害するという現象が起こります。
HIVに感染すると心筋障害性のあるたんぱく分解酵素をミトコンドリアを介して分泌されるといった現象や、HIVがミトコンドリアの細胞膜の透過性が亢進して、ミトコンドリア機能を傷害している可能性などが示唆せれていますが、まだまだこの説を裏付けるには不明な点が多いようです。
心不全自体でも、ミトコンドリアの品質管理の異常により、本来はオートファジーやアポトーシスにより除去されなければならないミトコンドリアが残存し、活性酸素を産生するといわれていますので、これは心不全共通にみられることでもあるので、何かHIVがミトコンドリアに直接作用しているような機序がないと証明が難しいかもしれません。
 
次の可能性は、混合感染です。
AIDS (acquired immunodeficiency syndrome, 後天性免疫不全症候群)は、HIVがCD4陽性Tリンパ球に感染し、Tリンパ球を失活させ、感染者が免疫不全状態になることでさまざまな病状が起こる症候群です。免疫が不全状態になると普段は人体に感染して病気を発症しないような弱い菌によっても感染症を発症することになります(日和見感染)が、このような日和見感染が心筋に生じていて、HIVに感染しているだけでなく、免疫力が落ちることでほかの菌の混合感染を起こしていることが示唆されています。ただ、これはHIVに感染しているだけではなく、免疫不全状態になっていることが前提だと考えられます。
HIV/AIDSの患者では、トキソプラズマ、クリプトコッカス、マイコバクテリウムなどの通常の人では感染しないような菌が、心筋生検でみられていたり、別の研究では、平均2.5種類のウイルスが心筋生検から分離されたとのことです。
しかし、HIV陽性で抗ウイルス治療で良好にコントロールされている状態では、どのようになっているかはまだ分かっていません。
 
HIV感染者の中でも、多量の飲酒や喫煙は、一層心機能低下を誘発させるとされていますが、この機序に関しても明らかにはなっていません。
 
また、セレンという微小元素の減少がHIV感染者に共通してみられる現象ですが、心機能低下を伴ったセレン欠乏者にセレンを投与すると心機能が改善するという報告があります。
セレンなどの欠乏に対して心機能が低下しやすいような人がHIVに感染すると、何らかの機序で心機能低下が起こる可能性が示唆されます。
 
さまざまな慢性期疾患について注意が必要なのが、薬剤です。
HIVの場合には、抗ウイルス薬による薬剤性の心機能障害の可能性があげられています。特に、現在もファーストラインとしてもいいられているZidovudine (AZT)という薬に関しては、心筋障害、拡張機能の障害などが報告されています。AZTはミトコンドリアの機能不全を通して、心筋障害をきたすと推測されています。
 
HIV患者の中には、心筋に対する自己抗体が出現していることが多くみられるつのことです。一般的な拡張型心筋症でも自己抗体がみられ、以前抗体を透析のような機械を使って吸着させて除去するというような治療が行われていました。HIV心筋症の場合には、自己抗体が多くみられる患者にステロイド治療を行うと治療の反応性が良いといわれています。
 
 
いろいろな可能性をみてきましたが、これらの機序がどれか一つということではなく、個々の患者さんにおいて複合的に生じている可能性が高いと思います。
基本的には、抗ウイルス薬を適切に使用して、ウイルス量を低くコントロールすることで、心不全などに移行する確率も低くコントロールできるようです。