心不全を中心とした循環器疾患に関する単なるブログ

心不全について私が知る・思うすべてのこと

心不全のすべて(20:左室の駆出率の保たれた心不全とは。 Heart failure with Preserved Ejection Fraction)

左室の駆出率の保たれた心不全という疾患群があります。

 
かなり前、患者さんは心不全なのに、心エコーで左室が良く動いていて、弁膜症もないということに疑問が呈されていたようです。なぜ、心臓が良く動いているのに、心不全になるのかということです。
 
左室が動いているようにみえても、実際には心不全の典型的な症状がみられ、レントゲンでもうっ血や肺水腫がみられる、また、血液検査で心臓の負荷の状態を見ることのできるBNPという血液検査項目の上昇もみられるというようなことはよくみられ、このような疾患群を左室の駆出率の保たれた心不全というような少し長い名前でいいます。(英語でのHFpEFのほうが一般的です、Heart Failure with preserved Ejection Fractionの略です。)
 
(#BNP自体は心臓保護的なホルモンですが、心臓に負荷がかかると高くなるため、BNP高値は心不全の指標となります。)
 
 
駆出率の保たれた心不全というように、決して収縮機能がいいとは言っていないことが重要です。あくまで、エコーなどの検査での駆出率(弁膜症がなければ、心拍出量÷左室拡張末期容積)が保たれてはいる心不全という表現にしています。
それは、かならずしも、左室の駆出率がいいからといって、収縮機能がいいとは限らないという考えからです。
私も個人的には、左室の拡張末期圧が心不全症状が出るまで上がるときは、多少なりとも左室の収縮性が悪くなってはいるだろうと考えています。
 
ある程度左室が動いていて、それほど大きくはないようにみえる左室で、拡張末期圧が上がるということは、収縮機能低下よりも何らかの拡張機能低下がより強く起こってはいるということは間違いないと思います。
収縮機能が落ちていないようにみえるときには、拡張機能がどんどん悪くなってきて、収縮機能がより代償(代わりにがんばる)しても、補えないぐらい拡張機能が悪くなっているんだろうと思います。
 
拡張機能がどんどん悪くなると、拡張末期容積を増やそうと思っても拡張したときの圧が高くなりすぎてしまい、肺循環から左房へ血液を送るときには、それ以上の圧で血液を送らないといけませんから、その圧を何らかの理由で出せないときに、十分な量の血液を肺静脈から血液を左房に押し込めない状態となります。(この拡張するときの圧が高くなりすぎて、拡張容積を増やせずに、1回拍出量が減少する現象を、Afterload mismatchといいます)
 
肺循環から左房へ血液を送って、左室の拡張容積を増やすということが、拡張末期の圧が高くなるためにできなくなると、心臓は1回拍出量を保つために、収縮機能をよりよくして、少しでも、収縮末期容積を小さくして、1回拍出量をかせぐ必要があります。また、心拍数をあげて、回数を稼ぐことでも、対応しようとします。
この収縮末期容積を小さくすること(駆出率を高くしすぎること)、脈を速くすることは短期的にどうしても有効循環血液量を稼ぐうえで起こらなければならない変化ではありますが、慢性的には、心臓にとって負荷がかかる変化でもあります。
(駆出率60%程度、半分弱残す程度で収縮するのが一番エネルギー効率のいい収縮なので、それ以上でも、以下でもエネルギー効率は悪くなります)
 
おそらくですが、このような変化が続けば、拡張機能はより悪化し、収縮機能も悪化してしまうものと考えられます。
 
実際の現場では、このような変化は、高血圧の高齢女性によく見られます。
心不全を発症した高齢女性では、もともと心臓はエコーなどでは一見動いてはみえるものの、実は心拍出量はぎりぎりで、収縮末期の容積を小さくしたりして何とか対応している状態であると考えています。
そのような状態で、体に何らかの負荷がかかった時(感染や過労、不整脈)には、本来であれば拡張末期容積を大きくして、心拍出量をふやすところが、すこしでも容積が増えると過剰に圧が上がってしまい、拡張末期の圧が上昇すると、容易に左室のうっ血を引き起こし、それが右室の拡張末期圧の上昇となり、全身の浮腫となるという現象をよく経験します。
これももともと、拡張末期容積を安静時の心不全症状が出ないぎりぎりのところでコントロールしているためだと思われます。
 
 
なぜ、高齢の高血圧の女性で起こりやすいのかというと、高血圧は、心臓にとっては血液を送り出すための負荷となります。慢性的な経過で心臓は、高血圧という負荷に対して、その負荷自体を緩和させるように形態を変化させます。
それが、ラプラスの法則という物理法則にのっとった変化です。
 
心臓の内側の圧が高くなると、その圧に対して、心臓は、心筋に対する単位容積当たりの圧の負荷を軽減するために、心臓内側の容積を小さく、心筋を分厚くするように変化します。この変化が、拡張機能を悪化させ、拡張機能が悪化したときの収縮末期容積を小さくするという代償機構を弱めてしまいます。
 
また、もともと、血液を血管に送り出した時に、血液の実際の移動よりも、エネルギーが血液事態を、まさに海の波のように伝わり、押しては返す波のようにエネルギーは心臓のほうへ反射して戻ってきますが、体が小さいほうがその反射が速いので、身長が高い人よりもより、小さい人のほうが一層強い反射波の影響を受けてしまいます。
 
さらに、心臓に対する高血圧などの刺激は、年月とともに積み重なっていきますので、高齢になればなるほど、このような変化が現れやすくなります。
 
これらのことから、この収縮自体は一見よく見えるが、実は拡張機能が悪くなっていて心不全が発症してしまうというのが、高齢の高血圧をもった女性に多くみられるといわれています。
 
さらに、この変化自体を根本的に改善させることは困難であることが、心不全の予後を悪くしている要因であります。
一度、悪くなった拡張機能はよくはならないということです。
 
糖尿病など多因子ではありますが、これらの疾患はいずれ述べますが、循環器疾患の原因としての糖尿病の治療は非常に困難だったりしますので、すくなことも、女性の高血圧で、拡張機能不全になる人をピックアップできるようになるまでは、高血圧の治療を厳格にするしかないということです。
 
また、他にアミロイドの沈着などで起こるHFpEFもありますし、肥大型心筋症の一部でもこのようになります。それはまた別に解説しようと思います。