心臓の拡張機能(いかに柔らかくなれるか)は、非常に重要です。
心室が全身や肺循環からの血液を受けいれるのに、拡張末期の圧が上がってしまうのには、いくつかの要因があります。
心臓の弛緩の要素として、心筋細胞そのもの、心臓の心筋細胞以外の間質組織、心臓の内膜、外膜。ほかには心臓外の直接圧迫もあります。
心臓外の圧迫として、有名なもののひとつは緊張性気胸です。肺胞と肺を覆っている臓側胸膜に穴が開いて、胸腔と肺の実質がつながります。胸腔はもともと陰圧ですので、一気に空気が流れ込みます。この時に、肺が縮み、胸腔内に空気が流れ込むことで、圧が上がるのですが、この圧が心臓を全心周期にわたって圧迫します。収縮期は高圧ですので、あまり影響はないのですが、拡張期は低圧ですので、全身の静脈が、この圧迫を超える圧を作れないと、静脈血が心臓に返ってこれなくなり、心臓からの拍出量が減り、ショック状態となります。
次に、心外膜の影響です。心外膜がないとどうなるか。
ごく稀ですが、心膜が欠損している先天性疾患があります。先天性心外膜欠損症です。
ただ、非常にまれで、他の横隔膜の欠損と合併していることがあったりしますので、心膜がないことが心機能にどのような影響を与えるかなんとも言えません。
元気な20歳くらいの人が、健康診断で偶然レントゲンと心電図異常を指摘され調べたらそうだったとか、60歳で別の病気で心臓を一応調べるとどうも心膜の欠損だったという報告はあります。
完全欠損では、問題ないのかもしれませんが、心臓が大動脈との結合部(大動脈弁レベル)を軸にして大きく動きます。部分欠損の場合には、心膜の欠損部に心臓がはまり込んで、抜けなくなり、外的に締め付けられることから突然死の原因となることもあるようです。
要するに、心膜は必要かどうかはわかりませんが、なくても元気な人がいるのは確かです。
さて、心外膜は、心臓の一番外の膜です。心外膜といっても、2重膜で、薄膜のほうは心臓にくっついていて、心腔という空間を隔ててさらにもう一枚膜があります。
心膜を形成するのは中皮細胞といわれる細胞で、心腔内には少量の水しかありません。
たぶんすべての臓器は2重膜で覆われています。肺もそうで、肺の中皮細胞の間も、臓側からの水が、壁側の中皮細胞の間にあるリンパから回収されて、一定量の生理的な(正常な人にある程度の)胸水を維持しています。この中皮が癌になると、石綿で有名な悪性中皮腫になりますし、臓側胸膜から染み出す水が、リンパの回収可能量をこえると、胸水が増えて病的な胸水となります。(どこから病的化というと、CTやエコーで確認できる量は異常です)
日本語では、どちらの心外膜も、心外膜ですが、英語では、臓側心外膜をepicardium,その外の心外膜をpericardiumと分けています。
心外膜の病としては、心外膜炎があります。心膜疾患はまた別項目で述べます。
心膜は、心臓がかなり大きくなれることからも、ゆっくりとした経過であれば、かなり伸展できると思われます。しかし、慢性に経過していた心不全が、急にバランスをとれなくなって症候性心不全(急性増悪といいます)となる時に、心臓の大きさが急に変化するので、その時には心膜は急に大きくはなれず、心臓の拡張期に心筋自体がやわらなくなっても、心筋に線維がなかったとしても、心外膜が邪魔をして、心外膜が血液を押し込むときの抵抗となります。
特徴としては、最初はあまり圧が上がらないのに、心外膜の影響が出始めた時点で急に心内圧があがることと、もともと、右の拡張末期圧(≒心房圧)は左の拡張末期圧より半分以下のかなり低い圧をとりますが(左 5-10mmHg程度で、右は0-4mmhg程度)、この心膜の影響が出た時には、右も左も邪魔されますので、両方の圧の差が、半分以下になります(左 25, 右15とか)。
実は、これは心不全の急性期には結構起こっている現象ですが、これは、また別項目で述べます。
次は、間質線維です。心臓の半分以上は、間質といって心筋細胞以外で占められています。脳のアストロサイトなどのように心臓の間質も心臓機能に非常に需要な機能持っていると考えられ、心臓ストローマというテーマで研究が行われています。
臓器不全がおこると、様々な臓器で間質の線維化という現象が起こります。線維化というのは、肝臓でも、腎臓でも、慢性炎症といって、慢性炎症が臓器不全の原因になることもありますし、増悪因子となることもあります。
慢性炎症とはなにかというと、本来ストレスや外的な異物、病的な自己細胞などにたいして一時的に活性化してそれらを是正し、不活化しなければならない炎症というシステムが、ごくわずかながら続いている状態で、生体に良くない刺激が慢性的に続いたり、炎症を起こすシステムそのものが持続するようになってしまったりしている状態です。
慢性炎症は非常に重要な異常です。
心臓の間質には線維芽細胞といわれる慢性炎症による刺激で線維化を起こすもとになるものがあったり、慢性炎症は、免疫システムによって起こるのですが、それにキープレーヤーであるマクロファージという細胞もいます。さらに、マクロファージは心筋細胞とコネキシンという通路でつながっていますので、かなりの影響を及ぼす可能性があります。
(ちなみに、脳神経領域では脳細胞と周辺のアストロサイトなどが脳神経細胞を制御していることが知られていますので、心臓でもこのようなことがわかってくるかもしれません)
心不全患者に発癌が多いことが知られています。その重要な機序として、慢性炎症が挙げられています。
さて、慢性的な炎症が続くと線維化という現象が起こります。創傷治癒には有効で、心臓でも、線維化を起こせないマウスに心筋梗塞を発症させると、死亡率がぐっと上がります。心筋梗塞となった部位を線維化という創傷治癒機構で、補修できないのが原因です。しかし、この状態が慢性炎症として続くと、6か月とか1年とかという単位で心機能が逆に低下してきます。慢性炎症が、間質に線維化させたり、心筋細胞の拡張性や収縮性を障害させたり、また、本来死ななくてもいい心筋細胞を誤ったシグナルで死亡させていることが原因といわれています。
心筋梗塞後に、β遮断薬を投与しますが、個のシグナルや慢性炎症に交感神経刺激が関与していて、β遮断薬でそれを軽減できるためです。
(ほかにも不整脈を抑制したりする効果も期待したりして投与しますが)
なんらかの慢性炎症のために、心筋細胞が弛緩して、血液を受けられる状態になっても、まわりの間質に線維成分が多くなり、線維が3次で絡まりあえば、かなり伸展を障害するようになるといわれます。
この線維化が、一見心エコーで左室の駆出率の良好な心不全患者の心不全の原因の重要な一つとされています。